一関修紅高等学校[学校法人 健康科学大学]

校長挨拶
GREETINGS

ご挨拶ようこそ修紅高校HPへ

学校法人健康科学大学
一関修紅高等学校

校長 齋藤 成一

『できる、できない、は大したことではないのです』

 本校は、本年5月27日をもちまして、創立123年目を迎えております。地域の皆様、関係各位の皆様のお力添えをいただいて今日まで歩んでまいりました。本校の維持、発展に心を砕きご尽力いただいた多くの先達の皆様に心より敬意を表すものでございます。合せて衷心より感謝申し上げます。

 本校創設者の小梨こま先生は、西郷隆盛の詠んだ、「上衣はさもあらばあれ敷島の大和錦を心にぞ着る」を座右の銘としました。意味は、身につける着物は粗末なものでも構わない。しかし、心は美しくありたいものだという意味であります。

 以来、美しい心とその体現を大切にすることを建学の精神とし、現在の三つ校訓「至心」「自立」「友愛」の一つである「至心」として受け継がれております。「至心」とは、至る心と書き、真心という意味であります。

 在校生の皆さんには、あらゆる場面において真心を尽くし、学校生活を送られるよう望みます。学習や諸活動において、できる、できない、は大した問題ではないのです。真心をもって精一杯取組むそのことで美しい心は磨かれるのです。一関修紅高校は心の在り方を大切にする学校なのです。

 次は簡単に「歴史」について触れます。

 123年のほんの一部分となることをお許し下さい。

 明治32年改正中学校令、高等女学校令が発令され、後期中等教育の場が普及し始めました。この気運に応えて、私学教育の重要性を説かれた小梨こま先生の、当時の岩手県に在っては先進的な考えから、明治32年5月27日に、本校は私塾として創設されたのであります。将に、岩手県南の私学の歴史もこの日から始まるのであります。

 さらにその後、明治36年3月、正式に文部大臣の認可を受けて名称を「岩手県下私立裁縫修紅学校」として昭和初期までこの名称を維持いたします。昭和23年4月、学制改革により、後の生活教養科となる被服科からなる「一関修紅高等学校」として新たなスタートを切るのであります。

 昭和の後半に入り、普通科の設置にともなう男女共学への移行。商業科、情報システム化の新設。昭和60年の「麻生一関高等学校」への校名変更。

 平成に入り「一関修紅高等学校」の名称の復活。普通科主体の時代の流れの中で、コース制の導入・拡充が図られ、普通科に特別進学コース、一般進学コース、幼児教育コースが新設置されるのであります。

 平成23年3月11日、東日本大震災津波が発生。これにより本校体育館、校舎が被災。以後、平成28年12月の新体育館完成までの間、式典・部活動等は全て、外部の施設を借用し実施されました。

 平成29年4月には、法人名が「富士修紅学院」から「健康科学大学」に改まり、県立・私立を含めて他校に先駆けての情報通信機器を活用するICT教育も開始されました。平成29年度から新設看護コースを募集開始。一期生、二期生ともに進路決定率100%を達成し、平成30年からは普通科ライフデザインコース(生活教養科を改変)を募集開始。昨年度一期生もほぼ100%の進路決定率を達成しております。

 明治32年5月27日から123年。高校としては73年、いつの時代にあっても、時代と地域の要請に真摯に答え続けてきて、開校以来の卒業生は13700余名を数え、様々な方面へ数多くの人材を輩出し、社会に貢献し続けている学校なのです。

 現在、山梨県富士河口湖町に健康科学大学健康科学部〔理学療法学科・作業療法学科・福祉心理学科〕、山梨県都留市に看護学部〔看護学科〕岩手県一関市に修紅短期大学〔幼児教育学科・食物栄養学科〕・同附属認定こども園からなる総合教育学園を形成し、本校はその一角を担っているのであります。

 以上が、まことに簡単にではありますが、校是を含めた本校の歴史の一端でございます。

 このHPに来られた皆様と本校にかかわりのあるすべての皆様へ。

 一関修紅高校はこれからも、心の在り方を大切にするとともに、時代と地域の要請に真摯に答える学校としてあり続けることを、お誓い申し上げます。

 今後とも、なにとぞ本校の教育活動に対するご理解とご協力・ご支援を末永く賜りますよう、お願い申し上げまして、挨拶といたします。

ご挨拶(生徒の皆さんへ)

『できる、できない、は大したことではないのです』

 次は「生徒の皆さん」についてです。

 親愛なる一関修紅高等学校の生徒の皆さん。

 君たちはとても良い生徒であります。

 十年前の三月十一日、皆さんは6歳ないしは8歳で東日本大震災津波を経験しました。地球に生きるとは、自然災害とともに生きる、ということを、多くの人達が体感した瞬間でありました。

 そして今16歳、18歳の皆さんは、コロナ禍真っ只中の地球に生きています。地球規模の急速な感染拡大により、グローバル社会の現実が目の当たりになっています。世界は既に予想よりはるかに小さく、狭い、短時間な構造になっていたのであります。コロナ禍とともに生きる現在進行形の時代は、日本国内においては、少子高齢化、規制緩和による地域の経済構造の変容。それに伴う限界集落、都市消滅の危機。世界的には科学技術、特にAIの進歩に伴う、富の集中と格差の拡大、生命科学の発展と際限のない応用へ危惧。ナショナリズムや保護主義の台頭。さらには、既に中盤を迎えつつある地球温暖化による異常気象の加速と環境の激変の時代であります。

 皆さんは、人類史上最も混迷する時代を生きようとしているのです。

 正に、この様な時代に、社会を支え次代の文化を創造し伝承していくことを、皆さんは求められているのです。

 日本の経済成長も長く伸び悩み、世界の情勢は刻一刻と変化しています。大切なことは「何処から来たか」の過去についてではなく、未来は「何処へ行くのか」なのです。どのような将来を目指し、とりあえず何処まで進むのかが問われているのです。

 皆さんは、本校での学びを通じて「生きるためのセンス」を養っています。決して、過去を語り、夢を語るだけの自分とならない様にです。

「思いは実現できる」という絶対的な法則を信じ、そして、停滞するにしても、諸手を挙げて邁進するにしても、まなじりを結し、対峙するにしても、広い視野と多くの情報をもとに行くべき道を決断することになるのです。

 さらに、私を含め、一関修紅高等学校教職員一同は、優しく正義感あふれる君たちが、このような時代を「生きる力」を育むために、これまでの継承の何を残し、何を捨て、どのようなことを新しく求めるのか。修紅高校の教育の在り方を日々、見定めてゆくことを強く求められているのです。

 結びに東日本大震災津波から10年を経ております。あの衝撃は、取り返しのつかない被害と絶望の中で、被害にあわなかった世界中の人々にも大きな影響を与えました。何も支援できないといういらだたしさ、言いようのない後ろめたさ。そのなかで苦境をじっと我慢する東北人の強靭な忍耐力、共助の精神、規律と協調。この節度ある行動に無条件に日本人の人間としての品位と高貴さに、同じ日本人でありながら、心打たれ涙したものであります。

 その文化の背景には教育があります。すなわち、復興には、政治や経済だけでなく、次の時代を担う若者の教育が重要なカギを握っているのです。

 修紅高校の、決して自分のためだけでなく「至心」即ち「真心」と「友愛」に基づいた、他者のための学びが、道半ばにある復興に、必ず貢献するものと固く信じるものであります。

 PTA・同窓生の皆様、本校とかかわりのあるすべての皆様。

 一関修紅高校はこれからも、心の在り方を大切にするとともに、時代と地域の要請に真摯に答える学校としてあり続けることを、お誓い申し上げます。

 今後とも、なにとぞ本校の教育活動に対するご理解とご協力・ご支援を末永く賜りますよう、お願い申し上げまして、挨拶といたします。

ご挨拶(受験生・生徒・保護者の皆様)

― 1998KY26「100億キロの孤独」―

 令和も3年目となりました。

 一関修紅高校は、明治32年に創設された岩手県南初の私学でございます。

 おかげさまをもちまして今年で123年目となります。

 これまでに賜りました本校へのご厚情に対しまして衷心より感謝申し上げます。本年度もこれまでと同様に、ご指導、ご鞭撻のほどお願い申し上げます。

 さて、今年も昨年に引き続きコロナ禍の1年となりそうです。

 「地球に生きるとは、災害と感染症とともに生きること」を、このコロナ禍と10年前の3.11東日本大震災から多くの人々が体感したのです。

 かなり以前より、人類の最大の敵はウイルス、と多くの医学者が警鐘を鳴らしていましたが、当にその通りの状況です。ワクチン接種が光明となっていますが、変異株も複数出現し見通せない現実もあります。人とウイルスの「利己的遺伝子」レベルの生存競争なのであります。

 本校は、昨年来より感染拡大防止と命第一の観点から、県内の高等学校の中で最も長く休校措置を実施するなど、迅速に、より厳格な感染防止対策を実施して参ったところでございます。これにより、あらぬ風評被害も受けましたが、ぶれることなく今に至り、さらに今後も、生徒、保護者、職員、そしてそのご家族の皆様を含めまして、安心と安全を第一に考える感染拡大防止対策を進めて参る所存でございます。

 最悪を想定し、かけがえのない命を守る教育は、本校の教育理念の一つでございます。

 今後とも、皆様のご理解、ご協力をお願い申し上げます。

 次に、息苦しいコロナ禍中の地球をしばし飛び出し、話題は遠く宇宙に飛び出します。

 「20億光年の孤独」-有名すぎるほどの詩です。作者は、谷川俊太郎さんです。

 その谷川俊太郎さんですが、デビュー作が詩集『20億光年の孤独』です。アインシュタインは物理学の短い数式で宇宙を記述しようとしましたが、谷川俊太郎さんは、言葉で宇宙を語ろうとしたのです。言い過ぎでしょうか。そしてこの方達です。

 皆さんもニュースでご存じのことと思いますが、12月5日に「はやぶさ2」が、宇宙空間の6年間の孤独な旅から戻ってきました。惑星の地下物質を採集して帰還させただけではなく、世界初の快挙が他にもいくつもあります。

 失礼ながらそれ風に言えば「52億キロの孤独」を経ての6年ぶりの帰還ということになります。

 初代「はやぶさ」は、2003年5月に小惑星イトカワに向かって地球を出発。当初は4年後に地球に資料カプセルを帰還させる予定だったのですが、複数のとても重大なトラブルが生じたことにより、帰還は3年も延期され(2010年6月)、満身創痍で5年間、トータルで7年かもかけて宇宙空間を60億キロも航行し帰還。資料カプセルを届け、自身は大気圏に突入して燃え尽きました。当時は「はやぶさ」と自身の人生を重ね合わせて、空を見上げながら涙する人もいたと聞きます。

 責任者のJAXA(ジャクサ)の津田雄一さんは、「はやぶさ2」は、任務の全てを完全に遂行し帰還した。複数の重大なトラブルが生じた初代「はやぶさ」と合わせて、%で評価すれば1000%以上だ」と語っています。

 どうです・・・。津田さんたちのすごいところは、トラブルを失敗と考えないで成功の一部分ととらえているところです。

 人生も同じです。トラブルや失敗のない人生はありません。

 あきらめないかぎり、地道に続けていけば、トラブルや失敗も糧となり必ず前進するのです。

 (まさに、修紅高校の教育理念の一つです。)

 ちなみに、小惑星の地下物質の資料の入ったカプセルを分離、投下した「はやぶさ2」はその1時間後、別の小惑星1998KY26に向かって、再び地球を離脱しました。ターゲットは直径30m、100億キロを航行し、小惑星到着は11年後だそうです。その時、皆さんは何をしているでしょう。コロナは・・・温暖化は・・・そして、133年目の修紅高校はどんな高校になっているのでしょうか。

 今後とも、修紅高校の新たな歩みへのご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げまして、令和3年度のご挨拶と致します。

令和三年吉日